本日は春のお彼岸お中日法要でした。小雨降る中、約50名の方がお聴聞してくださいました。
彼岸、浄土について様々な先生のお味わいをご紹介させていただきました。
私たちはお浄土の有無ばかり気にしてしまいがちですが、お釈迦様の教えに「毒矢の喩え」というものがあります。「死後の世界はどのような世界なのですか?」とお釈迦様に質問をした人に対して、「あなたの質問は、毒矢に射られた人間が、『私を射た者は何という名前だ、どこに住んでいる、どんなやつだとわかるまではこの矢を抜いてはならない』と言っていることと同じである。そんなことを調べるよりも、まず毒矢を抜き治療することが大切だ。そうでなければ何も解決しないまま命終えてしまうだろう」というものです。
山本仏骨先生は、「過去や未来を客観的に眺めて議論するよりも、今の私の生き方をとらえることが何より大切な問題なのです。そこからおのずと、未来の自分の在り方もわかっていくはずでしょう」と仰られました。
また、梯実圓先生は「浄土は本当にあるのか、と親鸞に問えば、本当の意味で『ある』と言えるのは浄土だけである、と答えられるはずである。
浄土とはさとりの領域であって、一切の虚妄を離れた真実の世界であると見られていた。私たちがあると思い描いているこの世界は我欲と憎悪と無知が描き出した虚構の世界でしかないことを意味しています」と仰られました。
人間の目に見える世界が真実で、目にすることの出来ない世界は虚仮だと思い込んでいた私に「そうではないんだよ、煩悩まみれの不確かな私が見る世界は虚仮であり、『念仏のみぞまことにておはします』なんだよ」と親鸞さまは教えてくださいます。
浄土とは遥か遠くにある楽しい世界ではなく、清浄な者から見た真実の世界であり、私が目標とする世界、拠り所、往き生まれさせていただく世界なのです。
来月4月22日(水)は、お経練習会を13時半より行います。